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「罪の声」塩田武士の感想・書評

あなたはグリコ森永事件を知っているだろうか。

「罪の声」の感想・書評

僕は知らなかった。僕が生まれる3年前の出来事だ。

グリコ森永事件とは「かい人21面相」を名乗る犯人が江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋などの食品企業を脅迫した事件だ。犯人は現金を要求し、企業側に指示するための録音テープには子供の声が使われた。

「どくいり きけん たべたら 死ぬで かい人21面相」などと書いた青酸ソーダ入りの菓子をばら撒き、全国の消費者を不安に陥らせた。この昭和の大事件は犯人が捕まらないまま迷宮入り。時効を迎えた。

この小説は、グリコ森永事件を事件から30年経った今、この事件を追う新聞記者と、自宅から子供のころの自分の声が録音されたテープが見つかったテーラー(スーツの仕立て屋)が主人公の物語。

著者の塩田武士さんは元新聞記者である。大学生のときに読んだグリ森事件の本がきっかけで、この事件を小説にしたいと思ったそうだ。しかし、社会経験のない自分にはこの事件について書けないと考え、まずは新聞記者になったという。この小説を書くために新聞記者になったのだ。

事件の取材のために手に入る可能な限り関連の書籍、新聞を読み漁り、事件現場に足を運び、周辺住民に聞き込みを行う。事件に関係があるとわかればイギリスにだって足を運ぶ著者。この姿はそのまま作中の新聞記者・阿久津英士に反映されている。1つの作品のためにここまでするのかと、その執念に驚かされた。

事件現場に流れる空気間も、イギリスの美しい景色も、事件の真相はまじでこれなのかもしれないと思わせる説得力も、徹底された取材の賜物だ。

物語の中で度々登場する関係者への取材シーンの緊張感と生々しさは新聞記者にしか書けないそれだ。少しの手がかりから人から人へと繋がる。点と点が繋がり線となる。事件の真相にじわじわと近づいていく。新聞記者とはこんな風にして記事を書くのかと、そのリアルさに興奮させられる。

新聞記者・阿久津側の実際の事件に忠実に基づくリアルの一方で、被害者であるテーラー・曽根俊也側で明らかになっていく親と子の物語。ノンフィクションとフィクションが混ざり合った先にたどり着いた結末には胸を打たれた。

足を動かさなくてもお家でインターネットで何でも調べられる時代。この本には足を動かした人間にしか得られない価値が詰まっている。

著者が人生をかけて描いた執念の一冊だ。